INTERVIEW 03 | シマタニ昇龍工房(富山県高岡市)

*この記事は旧KŌSAの記事を再掲載しています。

一子相伝する伝統技術の伝承と革新


「伝統」とは?「受け継いでいくこと」と定義した場合、いったい何を受け継いでいくのでしょうか?
テクノロジーによる技術革新が進む現代において、対極にある「伝統」という言葉の意味を、深く理解する必要があるように感じます。

第3回目のインタビューは、叩くという極めてシンプルな手法でものづくりを行う「シマタニ昇龍工房」。先祖代々受け受け継がれてきた鍛金の技術を駆使して、伝統的な仏具から新しい工芸品の開発まで幅広い取り組みを行っています。国の伝統的工芸品である高岡銅器の産地、富山県高岡市にある工房を訪れました。

*鏧子(けいす):寺院などの祈りの場で用いられる大型の梵音具(ぼんおんぐ:打ち鳴らして音を出す仏具)
**鋳物(いもの):金属を熱で溶かし、鋳型に流し込んで形成する金属加工の工法
***鍛金(たんきん):金鎚で金属を叩いて打ち伸ばしながら形を加工する金属工芸の技法


五感で継承する「おりん」の調音技術


シマタニ昇龍工房は、明治42年に創業した寺院用の「鏧子*(以下、おりん)」を作る老舗メーカーです。
美術工芸品などの鋳物**の金属産業が盛んな地では珍しく、鍛金***の技術を用いて、手作業で「おりん」を100年以上作り続けています。黄銅板(真鍮)を素材とする「おりん」の製作は、叩いては焼きなます作業を繰り返して成形し、最後に調音作業の工程を経て、約3ヶ月もの月日をかけてようやく完成に至ります。

穏やかな空気感を持つ4代目島谷好徳さんは、今日も愛用の耳栓を耳にあてて、コンコンと音を立てながら製作に励んでいます。島谷さんに「おりん」を作る技術について話を伺いました。


ー コンコンと叩きながら「おりん」の形を調整しているのですか?

島谷:
全て音のために形を作っているんですよ。「おりん」をコンコンと叩いて、音を聞きながらどんな形にすればよいのかを判断しています。このように同じ大きさのものが並んでいるのですが、やっぱりひとつずつ形が違います。手作業ということもあるのですが、このおりんに対してふっくらしたほうがいい音だなと思えばふっくらさせるし、スマートなほうがいいなと思えばスマートにします。究極は柔らかい音色を作るために形を作っています。

「おりん」の音色について教えてください

島谷:
「おりん」には『甲(カン)・乙(オツ)・聞(モン)』という3つの音があります。最初の『甲』の音は、「カーン」という打撃音で先に消えてしまいます。次の『乙』の音は、ちょっと高めの「ワ〜〜ン」という音です。次の『聞』の音は、はもっとゆったりしたうねりの「モ〜〜〜ン」という音が鳴ります。『甲』の音は、上部の厚みによってしか変えられないのですが、我々は『乙』と『聞』のうねりの音を調整しています。調音とは音のうねりをゆったりにさせることです。上の厚い口元の部分を叩いて音を聴きながら調整します。下のうすいところは音を反響させるところです。

「おりん」を製作する技術で一番難しいところはどこですか

島谷:
この音を調整する技術がとっても難しいです。「おりん」の大きさによって正しいうねりの波形があって、それを自分の中で覚えないと調整できません。まず祖父が調音しているのを聞いているだけで5年間くらいかかり、その後の5年間くらいは自分でやってみながら祖父や父に調音をみてもらいます。その後の2年間は手直しも無くなり、12年かかってやっと技術が継承されるんです。そのくらい密に教わらないと体得出来ないものです。僕もこのような家に生まれて、小さい時は嫌でしょうがありませんでした。しかし、この技術を父の代で途絶えさせるのは惜しいと思ったので、何とか自分の代でも引き継いで、次の代にバトンを渡したいと思っています。


フレキシブルな新しい伝統的工芸品「すずがみ」


折り紙のような自由さと、優美でしなやかな佇まいを持つ「すずがみ」は、伝統技術の革新によって生み出されました。「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」*とジェームズ・W・ヤングは提示していますが、まさに「すずがみ」は、叩くという島谷家の伝承技術と新たな要素を組み合わせることによって完成した、ひとつのアイデアのカタチではないでしょうか。創業100年を誇る「おりん」の老舗シマタニ昇龍工房が作り出した、新しい伝統的工芸品の誕生秘話をお聞きしました。

*「アイデアのつくり方」ジェームズ・W・ヤング著


ー なぜ「おりん」の老舗メーカーが「すずがみ」を開発したのでしょうか?

島谷:
「おりん」はひとつ作るとだいたい100年くらいもつものなんです。戦後は大きな「おりん」の需要がたくさんあって忙しかったようで、それから60年くらいかけて行き渡り、後は100年後の買い替え需要しかないので、僕が継いだ20年前からは「おりん」の仕事自体が減っていました。伝統技術を継承しないといけないのだけど、それだけではやっていけません。高岡に伝統産業青年会があるのですが、伝統産業に生きて抱えている問題はみんな同じでした。そこでは毎年、現代のライフスタイルに合う商品を展示会で発表する活動を行っていて、その中で「すずがみ」を作りました。

ー 「すずがみ」のアイデアはどのように生まれたのでしょうか?

島谷:
真鍮の花瓶などを作っていた能作さんが、錫(すず)を使ったカゴのような商品を出していて、うちも錫で何か叩けないかなあと思ったのがきっかけです。薄いお皿を作ろうとずっと考えていて、あるハッとした瞬間に「薄いんだから折り紙みたいに使ってしまおう。平らな状態で販売して、曲げるのはお客さんに委ねてしまおう」と思いつきました。僕は伝統産業のような手のぬくもりのあるものを、なるべく安い価格で提供したかったんです。錫を圧延ローラーで伸ばして四角く抜いたものを、荒らし槌*で叩くだけなので、作業は2分くらいで終わります。できるだけ引き算してたどり着いたのが「すずがみ」です。

*荒らし槌(づち):金槌の面に凹凸のテクスチャーを付け、打てば槌目が金属に転写される鍛金の道具

ー 「すずがみ」の魅力を教えてください

島谷:
錫100%の素材を使っていますが、こんなに曲げて使える金属は他にはないと思います。はっと驚いてもらえるのも「すずがみ」の良さだと思いますし、食卓に「すずがみ」があるだけで「今日はこんな折り方をしよう」とかそんな会話が弾むのは嬉しいですね。これからも、ひとつひとつ職人が手打ちで作った手仕事のぬくもりを感じられる品物を作っていきたいと思っています。


「革新」という伝統技術


柔軟な感性で育まれるシマタ二昇龍工房のものづくりは、五感で培った「おりん」の技術がベースとなっています。たくさんのトライ&エラーによって生まれてきた「すずがみ」は、伝統産業を生業とする島谷さんにとって、新しい伝統的工芸品の価値を見出すこととなりました。変化を恐れず時代のニーズをうまく読み取ることで、今日の伝統産業が抱える困難な状況を打破しようとしています。
最後に高岡銅器の未来について伺いました。

高岡銅器の今後の可能性についてどう思いますか?

島谷:
僕らの「おりん」の技術は「伝承」として継承していかないといけないのですが、でもそれだけではなく、常に新しいものを革新してつくり続けて来たから今でも残っているんですね。実は高岡銅器はもともと高岡鉄器だったんですよ。鍋とか釜とかを作っていたのですが、だんだん需要がなくなって花瓶や仏具などの銅器に移ってきたんです。今はアルミや錫の素材を使ったりしていますが、鋳物の技術が中心にあって素材を変えたり用途を変えたりしています。高岡銅器ひとつ400年の歴史があるといっても、それだけ変わってきているから今でもその技術が途絶えずに残っている。今はだんだん弱ってきているかもしれないけど、このように変わっていければ乗り越えていける、続いていけると思っています。だって400年も続いてきたんだから。

シマタ二昇龍工房として新たに挑戦したいことはありますか?

島谷:
今後はもっと海外に「おりん」のことを伝える活動をしていきたいですね。世界中の人に「おりん」の調音の取れたいい音を聞いて欲しいです。「おりん」というのは仏具の道具だけではなくて、癒されるとか精神的に落ち着く音色だということを理解して欲しいと思っています。

シマタ二昇龍工房
シマタニ昇龍工房は、創業明治四十二年から、鏧子作り一筋、一子相伝により仏教伝来の伝統技法を今に伝えています。昇龍の鏧子は、永平寺(福井)・総持寺(神奈川)・総持寺祖院(石川)・南禅寺(京都)・成田山(福岡)等全国各地の寺院でご愛用されています。
www.syouryu.co.jp

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